隔離場所

個人の思い出のほかに、物好きが「○○のことを知りたいけど無いな~」と探すようなピンポイントな話題を扱うかもしれない。

【ベイブレード】グリフォリオン2/サラマリオン2を買ってみた

ベイブレードの第一世代「爆転シュート ベイブレード」には、ベイブレードに合体できるプラモデルが付属しているタイプの商品が存在する。漫画とは異なる物語で展開される「爆転変形シリーズ」と、漫画で登場するヨーロッパのユーロチームのベイブレードだ。

知っている限りの当時の雰囲気では人気がある方ではなかったが、これらは名を変え色を変え、いくつか展開された。そして、国外展開のハズブロ版には、国内版では存在しないユーロチームのベイブレードの名義の「2」が存在する。それが以下の写真に写っている、今回紹介する商品だ。

 

パープルカラーが「グリフォリオン2」、オレンジカラーが「サラマリオン2」


ハズブロ版としての正式英名は「Griffolyon 2」「Salamalyon 2」だが、以降は「グリフォリオン2」「サラマリオン2」で統一する。

 

 

爆転ベイにおける「2」の立ち位置

「ウルボーグ2」「トライグル2」など、だいたい「2」が付くのは漫画における海外チームのブレーダーが使うベイブレードの後継機を指す(こんな記事を読む人はわかっているだろうが、「V2」は除く)。一般販売であればブレードベースにもギミックが仕込まれているし、ランダムブースター収録であればアタックリングのみ新造で、ブレードベースはプレーンなものが使われていた。

 

どの辺が「2」?

ではグリフォリオン2/サラマリオン2はそれらに当てはまるのだろうか。ぱっと見はカラバリにしか見えない。国内販売のグリフォリオンとサラマリオンをベースとしたバリエーションは、グリフォリオンブラックバージョンや爆転変形ガイアドラグーン、エタンゼル、ドニトリスが存在しているが、いずれも実質はカラバリ商品の域を出ない。ではグリフォリオン2/サラマリオン2もやっぱりカラバリの一種なのだろうか。

 

パッと見はカラバリ

 

グリフォリオン/グリフォリオン2

ベイブレードをシールドとして装備させられるギミックも同様

サラマリオン/サラマリオン2

ベイブレードをシールドとして装備させられるギミックも同様

ステッカーはグリフォリオンの聖獣モデルに使う部分だけカラーが異なる。サラマリオンは同じと言って良さそうだ




さて、ここまでの画像で色以外の明確な違いに気づかれた方もいるだろうが、その違いはアタックリングに存在する。

 

2には突起が増えている。またサラマリオン2はビットチップ留め辺りの形状が真円に近づいているため性能に変化が出ているが、今回は特段触れない。

 

アタックリングを見ると、1と比べて突起が増えている。この部分こそ、他のカラバリとは一線を画す、異なる箇所である。そして、ブレードベースはその逆が起きている。

 

1にあった突起が、2では無くなっている

この突起はベイブレード本体と聖獣プラモデルを合体させる際に使うジョイントだ。スペシャルベイブレードモードと呼ばれる形態*1は、角度次第で重厚で豪華なベイブレードの姿となる。

 

上から見ると豪勢でかっこいい

 

かっこいい限界の角度


突起がブレードベースからアタックリングに移っているということは、このスペシャルベイブレードモードの姿がガラリと変わるようだ。いったいどのようなフォルムになるのだろう。「2」にふさわしい、発展形のかっこよさが発揮されるのだろうか。では見てみよう。

 

 

 

 

 

 

なにこれ

 

角度を変えれば見え方も…なにこれ

比較してみても…なにこれ

上にパーツを乗せていく形で合体させるので、ビジュアルはとんでもないことになる。いや…わざとではないんだよ、本当にパッケージにこの組み方で合体してる写真が載ってるんだから…

 

 

 

ね?載ってるでしょ?これが正解なんだよ

とにかく「マジかよ」と絶句するビジュアルこそが「2」の大きな特徴である。

 

どうしてこうなった?

流石に「2」の売り文句としての変化要素としてこうなったとは考えにくく、必要としたそれっぽい理由を探してみた。

スペシャルベイブレードモードは、原型のグリフォリオン/サラマリオンでもベイブレードとして回転させることは出来ない(説明書に「するな」と書いてある)。ただし、シューターにセットすることは出来てしまう。

おそらく、この問題に対してシューターに物理的にセット出来ないように組み方が変わったのではないかというのがなんとなく思いついた理由だ。

この理由を挙げる根拠に、ここまで黙っていたことがあるが、実はハズブロ版グリフォリオンには「2」と同じく突起がアタックリングにあるバージョンと従来のバージョンの2種類が存在するようだ(画像検索により発見)。つまり、「2」だからこの変化が起きているというのは正確な説明ではない。が、少なくともグリフォリオン2には突起がブレードベースにあるタイプのものは見かけたことは無い。

それらの状況証拠をまとめると、「ハズブログリフォリオン初期版にはブレードベースに突起があったが、上記の理由でアタックリングに突起が移動したバージョンがハズブログリフォリオン後期版及びグリフォリオン2」なのではないかと推察している。ちなみに、サラマリオンのアタックリング突起版は画像検索の範囲では見つからなかったので、何とも言えない。

 

オリジナル形態を作ってみよう

理由はどうあれグリフォリオン/サラマリオンにはブレードベースに突起、グリフォリオン2/サラマリオン2にはアタックリングに突起がある。

つまり、それぞれを組み替えると商品説明で紹介されている以外の形態も作ることが出来る。

 

じゃ、やるかあ!

ラルフ!ジョニー!行くぞ!

これが2つの聖獣モデルを掛け合わせたグリフォリオン2/サラマリオン2のパーフェクトベイブレードモード(適当命名)だッ!!

 

 

 

 

 

悪ノリで作ったハンバーガーか?

実際、それぞれのスペシャルベイブレードモードを作るだけでも各パーツの嵌合にばらつきがあるせいで崩壊しやすいのだが、両方のパーツを使うこれにはかなり苦労した。

1パーツに力を込めると別パーツが外れる。ステッカーの粘着力も落ちまくっているので、めくれたりシワが付いたりで思ってる以上に難易度が高いものだった。組み替えて撮影を何回かやり直したので、累計すると組み替え作業だけで30分以上使ってると思う。

 

 

グリフォリオン2 パーフェクトベイブレードモード(そんなものはない)

 

サラマリオン2 パーフェクトベイブレードモード(勝手に呼称)

いや…こういう悪ふざけじゃなくてちゃんとかっこいいやつも作ろうよ…ということでブレードベースだけを変えて下側にパーツを組んでみたのが下記。

 

 

あらやだ普通にかっこいいじゃない

角度が重要なのはこちらも同様

というわけでグリフォリオン2/サラマリオン2の紹介でした。これがずっとやりたかった。

一年前の俺…謎は解けましたよ…

 

余談1:爆転龍の国外限定品

実はハズブロ版には爆転龍シリーズにも「HAYATE 2」と「ZINRAI 2」というバリエーションがそれぞれ存在する。「HAYATE 2」は色系統こそ青色なのだが、クリアではなく国内でいう「真HAYATE(ブルークリアのHAYATE)」相当ではないようだ。またグリフォリオン2/サラマリオン2と同じく、カラーバリエーションかつアタックリングにジョイント部が存在するマイナーチェンジ版と同等に見える。

当方はめんどくさいので入手を諦めているが、興味と情熱のある諸氏は海外の中古流通を探してみるのもいいかもしれない。特にZINRAI 2はエメラルドグリーンと形容できるような鮮やかな緑色をしていて、個人的に好み。

 

余談2:聖獣モデルの関節ジョイントの代用品

Tipsとして。聖獣モデルにはボールジョイントのパーツが手足に使われているが、入手品にこのジョイントが一部欠品していることが記事執筆時に判明したため、代用品で賄っている。

使ったのは「HOBBY BASE - 関節技 ボールジョイント ミニ」だ。もし同じ悩みを抱えている人がいれば(いるか?)、購入を検討するのも手だ。

サイズがぴったり

ちなみに、本記事で撮影したサラマリオンは未組立品だったが、嵌合が悪く左肘関節を差し込む際にねじ切れた。声にならない悲鳴を上げてしまい途方に暮れたが、軸部分に穴を開け、短く切ったランナーを通して関節可動を作り直すことでごまかしている。

 

全然わからなかったでしょ

反対側も見れば違いがわかる

 

余談3:ハズブロベイについて知っていること

正直こたつ記事レベルなのでその辺留意すること。ハズブロ版ベイブレードのシリーズには、以下の名称でバリエーション機があるようだ。Assortmentという単位で何種類かのベイがセットになったものを入荷していたようだが、その中の一部に含まれていたという理解だ。

Beyblade V-Force Metal Master Series

メタリックにリカラーされているシリーズを指す。メッキではないようだ。「Metal Masters」だとメタルファイトベイブレードシリーズのことを指すらしい。

Phantom Force Series

色のついたクリア版。

Hyperblades

成形色に半分塗装する形で作られたツートンカラー。

BBA Championship Series

メタリックでもクリアでもツートンでもない、ただのリカラー版。

 

それ以外にもトライピオの形状とか、エンジンギアモデルで無かったものがエンジンギア装備になったりとか、いろいろあるけど省略。

 

欲しいと言えば欲しいが、円安なのと海外中古市場に張り付く労苦を考えるとちょっと手が出ないなー…。

まあ、繋がりのある方で手に入れたら見せてください。

 

以下、同ジャンルの記事

mosaku-rx.hatenablog.com

*1:「アニメバージョン」など呼び名は複数あるが、この記事ではスピンアップBOOKの表記を採用

【短文】【健康】脱毛の話/育毛の話

毛、部位によっては要らないものである。
毛、部位によっては薄くなると悲しいものである。
 
実は私は脱毛と育毛の両方の経験者だ。別に美容に気を使っているわけじゃない(だからタイトルも「健康」にした)。むしろ人より無頓着であり無知な方だ。中年期を迎え、より一層どうでもよくなってもいる。どうせモテないし
ただあまりにも印象に強く作用する外見要素の一つなので、手っ取り早く改善をしてみたかったという動機で、それぞれをやったことがある。「よくわからんけどどういう感じなの?」という人向けに色々書き残してみようと思う。
 

脱毛編(2025年~現在)

私は元々毛深い方で、小学六年生の後半から既にヒゲがうっすらと生えていたし、中学生になるとすね毛や腕毛もかなり主張の激しい状況になっていた。手の指の第一関節や足の指にも生えていたし、高校生以降はヒゲとしてカウントするゾーンから確実に離れている頬の位置からも黒々とした毛が生える始末。顔回りは剃ればいいが、腕毛やすね毛は剃ると逆に剃り跡が目立つ。なのでズボンは必ず長ズボン、暑さがキツい時期以外は長袖を着ていた。
 

医療脱毛とエステ脱毛

脱毛には大きく2種類あり、医療脱毛とエステ脱毛に分かれる。医療脱毛は医療機器を使って脱毛する医療行為だ。エステ脱毛では出来ない強力なレーザーでの脱毛となる。今回試したのは医療脱毛だ。
 

費用は?

検討する人にとっては気になる要素ではあるが、公表しないことにした。何故なら人によって最適解が全く異なるからだ。
  • どの部位を選択するか
  • どの地域のクリニックに行くか
  • 何回分の施術にするか
  • 都度払いか前払いか

これらで大分変動要素がある。人によって何を選択するかが異なるため、高い/安いの相場感は参考になりえないと思う。

 

ちなみに都度払いか前払いかで気にすべき要素としては、前払いしたのに計画倒産でクリニックそのものが消滅した、というケースがあるらしい。そんなことあるんだ、と聞いて思った自分も前払いである(大丈夫かな…)

 

副作用は?欠点は?

施術中の痛み
まあ、めっちゃ痛い。誰が言ったか「輪ゴムを皮膚に撃たれる感覚」どころではない。毛深い人ほどこの痛みは強くなる。
 
ムダ毛がまだらに生える
数回やった程度だとまだまだ生えてくるが、これがまだらになる。発毛のサイクルのズレなのか、はたまた照射漏れなのか、全体としては減毛されるのだが、部分的に生えてくる箇所が出てくる。局所的だと気づかずそこだけ剃り残すなんてのもありがちだ。
 
施術できない箇所がある
全身ほぼ全てを選択した中で、自分がやりたかったけど出来なかった箇所は「耳毛」。中年期を迎え、バグみたいに出てきた毛だが、最初の説明時に質問したところ、ここは無理と言われた。ちなみに粘膜に生える毛も無理らしい。
怪しい紹介がある
脱毛でもしようかなと過去にTwitterでつぶやいた時、FF外のアカウントから良い脱毛クリニックを紹介するとコンタクトを取られたことがある。怪しさ満点である。今回に限らず、このような人物に必ずするようにしている質問がある。
 
「あなたは私にそれをすることで、どこで利益を得るのですか?」
 
その人物は、紹介した分のキックバックをもらっていると正直に答えた。文字通り「紹介」ということらしい。「考えます」と言って少し時間を置いた後にブロックした。だって怪しいんだもん。
 
効率が良いか、適切かどうかよりも自分で選んだ納得感を優先した。しかしながら、あなたがもし信頼に足りうる情報筋からおすすめを聞いたのであれば、紹介を受けるのも悪くないと思う。
 
実は最近行けてない
ここのところずっと多忙+出張続きだったため、数か月ほど通えていない時期がある。通っている間ではわりかし薄くなったが、通えていない最近は毛が少し盛り返してきている。が、通う前よりは全然勢いが無い。ヒゲに至っては唇下部分と口角近く以外はほぼ全滅状態だ。完全に消し飛ばすにはもう少しかかりそうだが、もうすでにやってよかったと思っている。もっと早くすればよかったな。そろそろ次の予約をしないと。
 

育毛編(2016-2018)

脱毛するほどには毛に困っていなかった人生を送っていたものの、危機が訪れていた時期がある。20代後半のことだ。
会社の洗面所で、ふとおでこの左右部分がやけに薄くなっていることに気づいた。一目瞭然というわけではなく、髪をかき上げたり夕方の少しお疲れになってきて髪がペタリとしているタイミングで現れる。ちょうどマッチングアプリをやろうかと動き始めていた時期だったため、大変に焦った。
 

やるなら最初からクライマックスで

「ハゲそうになったらどう対処するか」はその予兆が来る前からうっすら決めていた(薄毛だけに)。

 

食生活を見直すとか、睡眠をよくとるだとかのちょっと気を付ける程度の気休めではなく、いきなり内服薬での治療を試す。そうすることにしていた。小さな抵抗で様子を見ている間に手遅れになったら詰むからである。

 

AGA治療薬

そんなわけで当時、すぐに決心して薄毛治療クリニックに向かった。AGA治療薬はすぐに処方された。高いが仕方ない。向こう10数年の処遇を決めるには安い。

副作用は?
性欲減退するらしいが、最初こそまあ確かに落ち着いてはいるな…という実感はあったものの、特にそれは長続きしなかった。朝から元気です。あと臓器にも負担がかかると言われているものの、これもそこまで大きなダメージにはならなかった。
 

他に試したもの

いきなり内服薬処方をしていたものの、並行して外用薬使用やシャンプーも変えていた。特にシャンプーの方はフケ・かゆみの原因菌を抑える少し高めのものを使った。
 

投薬終了

実は薬を飲んでいたのは大見出しにある通り2016-2018の2年間で、以降は内服薬無しで10年近く経っているが、薄毛症状は進行していない(という自認)。
 
この時期は自分にとって激動の2年間で、地方転勤で友達が全くいない・マチアプではモテない・職場環境が悪い・その他休日やりたいことが出来ない、などとにかくストレスフルな環境に身をおいており、前髪が薄くなるほかに頭皮が痛む・体の冷えがおさまらない・食後に嘔吐しやすいという謎の症状が起きていた。ストレス性の脱毛だったのかもしれないが、前髪の後退を意識したのは転勤辞令よりも前、転勤後に見舞われた冷えや嘔吐とはタイミングが異なっていたので、一概にそうだったのだろうとは言い切れないと思っている。当時は服薬すれば抑えられたし、とにかく頭髪を維持しようとだけ考えていたので、やったことに後悔はしていない。
 
何がきっかけか忘れてしまったが、ある時から内服薬を飲む習慣が無くなってしまったのだが、薄毛症状の自覚も無くなったので、今日まで特に何もすることなく今の毛量を維持している。
(どうしよう…自覚が無いだけでみんなから薄毛だと思われてたら…)
 

そんなこんなで

自分の経験ベースで、脱毛と育毛の話をしてみた。共通して言えるのは、「もし興味があるならやったほうが後悔せずに済む」、ということである。
思い立ったが吉日。

【短文】【私事】 独り暮らしなのにエアコンを2部屋つけっぱなしにしている

つけ忘れ、とかではなく。

 

現在メゾネットの賃貸に住んでいる。オタクは所有物が多いので、引っ越すたびに広い部屋に住むようにしていたら今はそうなった。

 

家にいる限りはほとんどが生活空間部屋なので、本来はエアコンは1部屋で済む。だけども試験勉強やらなんやらで机に向かう必要があるとき、思ったよりも身が入らないという問題に気づいた。

 

そういう用途向けに、生活空間に使っていなかった部屋に机を置いたところ、これが結構進むようになった。生活空間にも大き目の机を置いていたけども、視界がごちゃついていて集中しにくく、自分で思ってたよりも脳のスイッチングに影響があるっぽかった。

 

そうすると今度はスイッチするための障壁をなるべく減らしたくなった。「つける」「冷えるまで待つ」という準備すら面倒に感じてしまうので、もうつけっぱなしにした。電気代が余計にかかるし、怠惰と言えば間違いなく怠惰だけど、自分のやる気をパッと出して・パッと取りかかって・パッと終わらせる環境づくりはそれなりに優先させてもいいんじゃないかと思う。

紫外線を使わないレトロブライト手法を試してみた

過酸化水素水に浸しながら紫外線を浴びせ続けることで、プラスチックの黄変を取り除く手法であるレトロブライト(Retr0bright)。しかし、処置後の経過により再度黄変が進んでしまう(それも元々黄変していなかった部分にまで)欠点が存在した。

 

mosaku-rx.hatenablog.com

mosaku-rx.hatenablog.com

実験の考察の一つとして、「紫外線で劣化するプラスチックの黄変を漂白するために、紫外線を当てるならその過程で劣化している可能性がある」と仮定していた。であればもしも「紫外線を使わないレトロブライト」が存在するとすれば?

今回はその「紫外線を使わないレトロブライト手法」について、実際に試してみた事例を紹介する。

 

 

注意事項

・まず、この処置については私が発見したものではありません。先行者がいます。

・私の見る限り、その先行者の前例の情報が多くありません。本記事を読んで興味を持った人には追実験をお願いしたいです。

・ただし、上手くいくとは限りません。ものによっては溶解や変形などの損壊が発生する可能性があります。自己責任でお願いします。

・また、火災の発生や蒸発した薬液により健康被害が起きる可能性があります。当方では一切の責任を負いかねます。

・私の実験でも失敗例があります。

 

紫外線を使わないレトロブライト

それを知ったのは、丁度前回の回答編の記事を書き終わってから数日のことだ。ネット上に無数に散らばっているレトロブライトの記事を読んでいたとき、1つの記事に目を剥いた。

 

mercnews.exblog.jp

なんと、湯煎で漂白できるらしい。過酸化水素に漬けるのは変わらないようだが、本当であれば紫外線を当てるのはなんだったんだ。

 

一応、もう一つだけ湯煎手法例を見つけていたのだが、Youtube動画で英語圏のものだった。URLを失念してしまったが、現在のYoutube検索はあまりにも改悪されているので再び見つけることが出来なかった。

 

[2026/5/21追記]見つけました。この動画です。動画中では「レトロブライトはムラが起きるから使いたくない(意訳)」というテロップがあり、レトロブライトとは別の手法という扱いのようです。

youtu.be

 

本当にそれ、効いてるの?

そんなわけで見つけた2例、片方はURLすら挙げられなくなった状況だが事前事後の画像を見る限り、うっすらと漂白されていた。ただし、「マシになった」程度であり、効果は薄いように見えた。

しかし、2例とも湯煎をしているのは1日未満だった(2例のうち、参考URLを挙げられている方は4時間程度、挙げられていない方は半日だった)。

[2026/5/21追記]テキスト記事の方は4時間、動画の方は18時間でした。(記憶は当てにならない…)

従来の紫外線使用レトロブライトは数日放置するぐらいがザラであり、比較対象とするには処置時間に差がありすぎる。

ということは…1日以上湯煎をすれば、もっと漂白が進むのでは?

 

処置を長時間続けられる簡単な仕組みは無いか?

湯煎をするということは、火の元の管理をしなければならない。4時間でも大変だろう。その間は外出もできない。管理をしなくてもよい熱源はないものだろうか…?例えば家に温泉が湧いているとか。勝手にずっと暖かくなるもの…熱を帯びているもの…

 

ああ…あるじゃないか!

空に浮かぶ、管理が不要な、熱源になる天体が!

 

紫外線無し、長時間処置、ある程度放置可能なレトロブライト提案手法

従来の手法でも太陽光を使っている。これは目的が太陽の放射する紫外線にあった。太陽で湯煎をするのであれば、紫外線を遮断しつつ、熱だけ頂戴すればいい。

というわけで以下が私が考えた「太陽熱湯煎法」だ。

("たいようねつ-ゆせんほう"、と読んでください。"たいよう-ねっとう-せんぽう"ではありません)

 

1.比較的気温の高い夏に実施する。
2.漂白対象物を過酸化水素水に漬ける(袋A)。
 ※過酸化水素水がこぼれたり蒸発分が外に出ないよう、
  袋A1、A2、またはタッパーA3など多重にしてください。とにかく漏らさない・蒸発させないこと。※重要オブ重要
3.袋Aをアルミ箔で覆い、紫外線を遮断する(袋B)。
4.袋Bを黒い袋で覆い、集熱をする(袋C)。
5.日光が当たる箇所で放置

(描く労力が)かんたん図解



こうすれば熱だけ集めて、紫外線は遮断できるはずだ。

 

なんか、用意するものが多いな…BとCはひとまとめにできないものだろうか…。

そんな都合のいいものがあるわけが…

 

 

 

 

 

あったわ。しかもすでに持ってた。なんで!?

というわけで今回は袋B,Cはこの袋1枚を使っている。理屈上は紫外線反射と集熱をそれぞれ満たせればよいので、わざわざこの袋を買う必要はない。
※追記:アルミ箔をそのまま使うと過酸化水素水で腐食する可能性があるので、この袋を使った方が良いかもしれない。

実験対象物

今回はタカラのスーパービーダマン:ファイティングフェニックス(96年発売)の頭部パーツで試してみることにした。全体的に黄変が進んでいたが、処置前後の比較をしたかったため頭部パーツのみだけ処置を実施した。(今回はパーツを刻まずにそのまま使っている)

 

ステッカーが焼き付いている

 

実験開始

実験を始めたのは2025年9月初旬辺りだ。なかなか時間が取れず残暑の時期となってしまった。

多重構造にした袋を、炎天下に放置した。どのぐらいの温度になるのか知りたかったので、あらかじめ温度計も詰めておいた。1時間ほど待って温度計のみ取り出し、確認する。

 

集熱したものの、そこまでアチアチにはならず

 

この日の外気温は最高32.5℃で、温度計が示すのは40℃だった。最外部の黒い表面により、一応集熱の役割は果たせているように見えるが、沸騰するレベルではない。

熱源が太陽熱のため、処置が出来るのは日の出から日の入り、うち気温が特に上がる10-18時辺りに限られるが、それでも自力で湯煎するよりはるかに少ない労力で処置できる。通常の湯煎よりは温度が低いため、効果があるかはこの時点ではわからなかったが、数日放置してたびたび経過を観察した。

 

2日後(累計処置時間:約15時間)

日の出、日の入りを正確に測っていないため、おおよその時間になるが、おそらくこの時点で先行例より長い時間処置できたことになる。取り出して色味を見てみる。

[2026/5/21追記]:先行例の動画の方は18時間でした。

ちょっと白くなった?

処置をした頭部と、未処置の手足で微妙に色味が変わっているように見えなくもない。

4日後(累計処置時間:約30時間)

15時間後のものと比べてあまり変化が見えない。(以降、左腕は別実験に使っているので外している。)

15時間後とあまり変わらないような…?

 

約15日後(累計処置時間:最低約70時間超え)

次は少し見るタイミングを先に伸ばしてみた。忙しかったとも言う。この方法は天候に左右されるが、記憶の限りでは雨や曇りの日もあった。そのため効果が得られなかったであろう日もあるが、それでもおおよそ70時間は処置されたはずだ。

黄変が薄くなってる!

勘違いとは言えないレベルで黄変が解消されてきている。温めるだけ、40℃付近でもレトロブライトの効果は出るようだ。

実験継続不可、代替案の実施

ここで問題が発生した。秋になったのだ。外気温がみるみる落ちた。人生で初めて「もっと暑い時期が続いてもよかったのに…」と心の底から思った。というわけで、なんとか熱を加え続ける代替案がないかを検討し、実施した。代替案で使用した装置は最終的に壊れたのと、危険性が高いため詳しい方法の説明は控える。とにかく、長時間の加熱は果たしている。

さらにもっと後(累計処置時間:最低約200時間超え)

流石に上手くいったと言っていいのではないか

細かい時間を記録していなかったが、累計時間は最低200時間は超えているはずだ。また、温度は40℃ではなく100℃近くある。温度の条件が変わってしまっているが、湯煎で漂白できるのは本当のようだ。

 

また、太陽熱湯煎法での漂白について、アルミで覆っていても隙間などから紫外線の影響を受けている可能性があることを懸念していたが、こちらの代替案については室内の暗室で実施したため、紫外線の影響は確実に受けていないと断言できる。紫外線を使わなくてもレトロブライトをすることが出来た。



処置前後比較

 

失敗事例

同じ方法でうまくいかなかった例を紹介する。

レーザーミニ四駆「ロードスピリット」だ。2021年発売の比較的新しい商品であるが、たまたま日光が当たる室内の一隅に保管していた関係で黄変が起きてしまっていた。

元はホイールぐらい白かったボディが無残に変色

こちらは代替案を実験したタイミングで投入した。結果が以下の画像である。

まったく黄変が解消されていない

長時間の加熱で歪んでしまったボディ

100℃近くの加熱でボディが歪んでしまっている。ミニ四駆のボディはビーダマンのパーツに比べ薄いため、熱で変形しやすいのかもしれない。また、プラスチックの材質の違いなのか、黄変の改善は全く見て取れなかった。

紫外線を使わないレトロブライトで処置したものは再黄変するのか?

従来手法において「紫外線で劣化するプラスチックの黄変を漂白するために、紫外線を当てるならその過程で劣化している可能性がある」という仮説が正しいとすれば、今回の紫外線を遮断する方法であれば再黄変は起きないはずだ。ファイティングフェニックスの処置を終えた後に常温で数か月放置し、経過観察してみた。

 

以下が記事公開日(2026/5/3)時点の状態だ。

少しだけ…戻ってる?

もっとも黄変が解消されていたタイミングから見て、再黄変はだいぶ防がれているように見える。写真で見ると差がわかりにくいが、肉眼だと少しだけ再黄変が確認できた(焼き付いたステッカー跡がわかるほどにはなっている)。また、もともと黄変していない裏側については黄変は確認できなかった(写真は省略)。

 

紫外線が不要なら、過酸化水素水に漬け続けるだけではダメなのか

逆に、「加熱する」という行為に意味はあるのだろうか。紫外線が無くても漂白できるにしても、加熱がトリガーではなく常温の過酸化水素水漬けにしていれば徐々に漂白できるという可能性もあるのではないか。しかし結論から言うと、加熱は必要だった。

ファイティングフェニックスの左腕を一か月ほど過酸化水素水漬けで常温放置したが、漂白効果は起きなかったからだ(だから途中から映らなくなっている。伏線回収)。以降は部屋の中で紛失してしまっており、目下捜索中だが、一か月で漂白効果が無いのであれば以降も同様だろう。

 

結果まとめ

ここまでわかったことを整理する。

・加熱によるレトロブライトは可能、ただし数日以上処置を続ける必要がある

・40℃程度でも効果はあるので、沸騰させる必要はない

・対象物は限られ、効果のないプラスチックもあった

・手法の性質により、柔らかい/薄いプラスチック類は溶けたり歪む可能性がある

・従来手法の「紫外線により漂白と同時に劣化もしている」という仮説は正しそうだが、再黄変の原因の全てではない

この手法でも再黄変は起きるが、紫外線使用に比べ大分抑えられている(所感)

 

終わりに:追実験募集

というわけで今回のレトロブライト手法、先行例も少なくどこまで通用するものなのかもわかっていない。しかしこの記事に興味がある人にとっては、少し希望も見えてきたのではないだろうか。

本記事は今年の夏までには公開したいと考えており、今回なんとか間に合わせることが出来た。提案した太陽熱湯煎法について、追実験を募集したい。興味あればぜひお願いしたい。ただし、繰り返しますが火災・健康被害の可能性、その他損害については自己責任でお願いします。

【雑記】ホビー+αで振り返る小学生とかの頃の思い出 [1996-2001]

あの頃に帰りたいなあ…と度々思うときがある。いや、毎日かもしれない。というわけで小学生の思い出を振り返ってみる。個人の思い出ですが暇つぶし程度にお付き合いくださいませ。

 

構成

学年ごとに区分け、その年に主に何に熱中していたかとか、クリスマスプレゼントとお誕生日は何をもらったかというのをまとめています。印象に残った思い出も書いてみたり。ほんとうにとりとめのない話です。ちなみに私は早生まれなので、クリスマスプレゼントの後に誕生日プレゼントが来る順序関係だ。どうでもいいね。

 

ちなみに事前にとったアンケートはこんな感じでした。

 

幼稚園年中(1994年)

おい、小学生って言ったろ!タイトルだって1996-2001って書いてるじゃねえか!のっけから外れているが覚えてる限りのことを書く。一番悲しかったクリスマスなので。

マドレーヌ事件

この年にもらったクリスマスプレゼントは、マドレーヌだ。そう、お菓子のマドレーヌ。マドレーヌを模したオモチャではなく、食べたら無くなるマドレーヌだ。ロボだとかおもちゃがもらえると思っていた「ぼく」は大号泣した。前年にはDXアールジーコ(ジャンパーソン)を買ってもらえたのにこの落差はなんだと。どうなっているんだと。30年経っても未だに情景すら思い出せるので、相当に堪えた出来事だった。

 

後から裏事情を推察すると、親はこの年にマイホームを買っていた。賃貸から引っ越しをしたのもこの年だ。頭金を払いよほど切り詰めていたのであろう。親だっていっぱいいっぱいなんだ。にしても、4さいには堪えるよこれは…。

 

この年に放映されていたのはカクレンジャー。隠大将軍は持っていたがいつ買ってもらったかは覚えていない。誕生日プレゼントとして、こっちの費用はなんとか捻出してもらったのかもしれない。

 

何故か、同年のブルースワットはまったく見た覚えがない。前年のジャンパーソンは見たことがあるのに。

幼稚園年長(1995年)

特撮はオーレンジャービーファイターの年。

お年玉、残り1円

印象的な思い出がある。おばあちゃんからもらったお年玉(10,000円)でキングピラミッダーを買った。確か9,999円で1円だけ残った記憶があるので間違いない。この時期のおもちゃ屋はよくそういう値付けをしていたのだ。この年に他に買ってもらったのはオーレンジャーロボ、レッドパンチャー、オーブロッカー。それぞれのタイミングは忘れた。オーレンジャーロボは4月あたりだった気がする。DXロボを一番買ってもらったのもこの年だったと思う。

小学校1年生(1996年) 

まだまだ興味の中心に特撮があった時期。この年に放送されていたのはカーレンジャービーファイターカブトだ。前年ではDXロボをたくさん買ってもらったはずだが、カーレンジャーは何一つ買ってもらえなかった。まあ親にとっては年一でループするシリーズに見えるしね。唯一、ロボの代わりに変身アイテムのアクセルチェンジャーだけ何故か母親の誕生日に買い与えてもらった。

 

「青いから」で選んだミニ四駆

人生の初ミニ四駆はスピンアックスだ。購入理由は青色が好きで、青いミニ四駆にした。その程度だった。コロコロコミックを読む前だったから所有者が誰だとか、世間の人気マシンはどれとか全く知らないまま選んだと思う。

コースは無い。側溝か道路で走らせる。アスファルト、タイヤを切りつける。それを後ろから追いかける。漫画だってそんな感じだったし。

 

コロコロコミックDebut

この年にコロコロコミックを初めて買ってもらうことになる。それまで雑誌を継続購入してもらうことはなく、その時目についたのが11/15発売の12月号だった。このころはまだ500円以下だったはずだが、買って買って→買わないよの攻防を繰り返した結果、先取りのクリスマスプレゼントとして買ってもらうことになったはずだ。

 

「ぼく」には姉がいるので、姉の方は普通にクリスマス当日にそれなりの(我が家の予算はひとりにつきおおよそ1万円以内というのが暗黙の了解だった)プレゼントが与えられたのだが、先取りにしたとはいえそのタイミングで「ぼく」に何も渡さないのは流石に親もまずいと思ったのか、当日はトップサンポケモンカードガムを数袋包んだプレゼントをもらった。「ぼく」も先取りって約束だったしなあと6歳にしてはまあまあ自制の効いた感情を持っていたと思う。マドレーヌ事件を乗りこえてきたからかもしれない。あれは事前の予兆も何もなかったので特に悲しかったのもあるが。

 

 

「クリスマスプレゼント」という体で買ってもらったコロコロコミックはあくまで単発であり、購読が始まる予定ではなかったが、97年3月号から継続して買ってもらうようになった。どういうねだり方をして親にそれを取り付けたかは覚えていない。そこからコロコロの購読は2003年9月号まで続くことになる。

 

はじめての ビーダマン

初のビーダマンもこの年度に手に入れている。

 

食玩だと炎の魔神も水の魔神も揃えてたのだが、いつだったか捨ててしまい、今では大後悔している。大人になって炎は買い戻したが水はまだ揃わない。

小学校2年生(1997年) 

赤を買うか緑を買うか、ちょっと違うよ

ポケモン初プレイの年。初代世代です。

コロコロタイアップは発売年の96年からやってたけど、下記のコロコロ表紙を揃えた公式特設サイトの97年以降のコロコロ表紙を見てもらえればわかる通り、もう、本当にすごかったんだから。

corocoro-news.jp

Lv100の裏技も、インターネットもぜんぜん浸透していない時代に、小学校の友達から教わる。その友達は近所の兄ちゃんに聞いたという。片田舎にすら伝播してくるほどの超巨大コンテンツだったのだ。

 

ポケモンの社会現象に「ぼく」も熱狂し、赤を買ってもらった。ただし、ゲームボーイは買い与えられなかった。「目が悪くなる」からだ。ということで親が一緒に買ったのは、スーパーゲームボーイだった。「ぼく」はポケモンを遊ぶとき、スーパーファミコンでしかできなかったのだ。そんな親心もむなしく、中学二年生には視力低下によりメガネをかけ始めるようになる。

 

初めてのポケモンはなんだかんだ殿堂入りまではクリアできたが、RPGの遊び方すらあまり理解できていなかったので、最初にもらったゼニガメが最終進化したカメックスでひたすら殴り倒すという戦法で猛進していた。技構成だってフルアタである。なみのりかいりきれいとうビーム・ふぶきだったかな?ライバル戦にはPPも無くなり、わるあがきでちまちま削っていた。よくクリアできたな「ぼく」は。

 

名前も知らなかったラジコンカー

クリスマスプレゼントは、六輪のラジコンカーだった。今思えばラジコンが欲しいと思った動機は「タミヤRCカーグランプリ」という番組の影響だった気がする。実家はテレビ東京が映らない地域なのだが、タミヤRCカーグランプリはネット局制度により代わりにローカル放送局が放送していた。その番組が目に入るようになったのは、スーパー戦隊シリーズの放映時間の前に放送してたから。前年カーレンジャーまでは金曜の夕方に放映していたが、この年のメガレンジャーは数話で日曜朝に移動したのだ。「ニチアサ」という枠組みはここから始まっている。というように、自分がラジコンカーを欲しがった経緯も詰めていくと、それに至る流れがあることがわかる。

 

六輪のラジコンカーは番組で取り扱っていたようなレース向けではなく、アクション重視だった。ラジコン、ラジコンと言っているが実は当時正式名称を知らなかった。正式名称を知ったのは、実は2025年になってからだ。

 

それは株式会社朝日コーポレーションの「アクロゼクス」という。手元に現物が無いので写真は貼れないが、どういうフォルムかは画像検索で出てくるので興味があれば調べてみてね。

 

朝日コーポレーション?知らない会社ですね…?となるのも無理はない。なんせここから数年後、2000年に倒産していたのだ。

 

www.tdb.co.jp

つい最近まで記憶の彼方にあったのだが、国立国会図書館の90年代の玩具情報誌(子供向けのではなく、問屋や業界人向けの月刊誌)を閲覧していたとき、偶然このラジコンの紹介ページを見つけて記憶が一気に蘇った。そっかあ…あのラジコンそういう名前だったのかあ…。Xでワード検索しても全然出てこねえや。

 

当時、巷で人気の

クリスマスでも誕生日でもないある朝、布団から這い出てもまだ頭がぼんやりとしたままの状態でお茶の間に出てきたところ、ちゃぶ台にサイクロンマグナムのキットが置いてあった。一瞬で眠気が吹き飛んだ。狙い通りに衝撃を受けた「ぼく」を見て、得意げな顔をした父がいた。

サイクロンマグナムがほしい、とねだったわけではないのに、心の中で欲しいと思っていたキットが置いてある。あれがほしい、これがほしいと親を困らせてきた「ぼく」に、欲しい物が向こうからやってきたという稀有な出来事だったと思う。

なお、サイクロンマグナムの発売は96年だが、思い返す限り自分が手に入れたのは97年だった気がする。なのでここに書く。

 

ビーダマン'97

爆外伝だとIIIが展開されていた年。ガイアボンバーファイターとフィルマボンバーファイター、ソイルボンバーファイターは買ってもらった。あの頃の玩具は安くてよかったよ…。今の物価だったら自分の家庭じゃ買ってもらえなかったな。

大物を買える誕生日プレゼントは、シャインボンバーフォートレスだったと思う。

 

スーパービーダマンについては、あまり所有していなかった。つい最近まで「買ってもらえなかった」というのが自己認識だったが、実際は欲しいとは思っていながらも、色んなものの優先度に負けてしまっていたのが実情だったようだ。Tくんという友達の家で遊ばせてもらった思い出が多い。Fフェニックス、Wワイバーン、SスフィンクスのOSシリーズをこの時期に触れていた。

女の子のともだち

絶望的に女運が無い(私の場合、悪い女に捕まる・騙されるという意味ではなく、そもそも異性として興味を持たれないどころか、活動しようとする度に転勤や疫病・戦争など環境自体が阻害しにかかる謎の怪奇現象のこと)人生を歩む中、小学校低学年の時期だけ、ななみちゃんという女の子の友達がいた。

いや、言うても知り合い程度でしょ、とか、まあたまたま接点があっただけだしな、だとか、モブその3程度にしか思われてないだろ、こちらが先輩・年上という立場を敬っただけの社交辞令だよな、などと異性の関係性については後ろ向きな自己評価が多い(というか、振り返り時点で答え合わせになり、ますます根拠が強化される)中、あの子は間違いなく「ぼく」の友達だったと断言できるような女の子だった。

最初にどういう流れで友達になったかは覚えていないが、この子と遊ぶときは3人以上のグループではなく、2人きりで遊んだ思い出の方が多い。ご近所さんとは言えない距離だったが、自分の通学路の途中にななみちゃんの家があった。たびたび放課後に遊ぶ約束をし、家にあがらせてもらい、一緒に遊んだのをよく覚えている。そして、ななみちゃんスーパーゲームボーイでしかポケモンを遊べないという、くだらなくも子供にとっては迫真の親近感を覚える共通点があった。

もしかしたら人生史上で唯一の女友達かもしれない。今つながりのある人・過去につながりのあった人を無下にしてるわけじゃないんだけど、1対1でも会ってくれたような関係性の子ってこの子ぐらいなんだよな(ここでは語らないが、1つの例外を除く。大した話ではない)。自分が男友達の基準を定義するとしたら「サシで半日単位で拘束するような用事の誘いが出来るぐらいに、気を使わずに済む人」なので、女友達もそれと同じ基準を適用した場合、一人もいなくなるよね、という感じ。まあ、その基準だと男友達もガクッと少なくなるんだけど。

 

印象的な思い出としては、アクシデントでセーブが消えたポケモンをはじめからやり直した際、唐突に「ライバルのなまえ、わたしにしてよ」と提案してきたことだ。赤緑の時代といえばライバルは…えーと? なまえは なんて いったかな?

 

そのときの「ぼく」は、数秒考えて、断った。だって、ライバルの外見はおとこのこだから。すればよかったのに。「ぼく」はほんとうにばかだな。

 

ななみちゃんとは喧嘩をした記憶もなく、ただただ楽しかったというピュアな感覚だけが残っている。もしかしたら喧嘩もしてたのかもしれないが、不思議なことにそういったネガティブ方面の記憶はこの子だけは全く覚えがない。初恋とはまた別なので、本当に自分の中で特別枠の立ち位置だ。「ぼく」自身もまだまだ純粋無垢な子供の時期だったからそういう関係が築けたのかもしれない。しかし小学校中学年の頃のクラス替えを機に、疎遠になってしまった。中学校も同じだったはずだが、もはやその頃には何も関わりが無かった。会話した記憶がない。

今では俺のことなんかとっくの昔に忘れてんだろうな、と思いつつも楽しく過ごしていてくれればとねがう。

小学校3年生(1998年)

ビーダマン'98

爆外伝アニメが放送された年。買い与えられた玩具もビーダマン(爆外伝)比率が最も多かったのもこの年だ。主要ビーダアーマーのほとんどを買ってもらうことが出来た。セイントドラゴンもダークネスドラゴンも揃った。

通常色に加え、クリスマスではトイザらス限定クリアセイントドラゴン、トイザらス限定クリアダークネスドラゴンまで買ってもらうことが出来た。大満足の年である。充実しすぎて翌年はひどく落ち込むことになった。

ドラえもんの映画

を初めて見に行ったのがこの年だ。「ドラえもん のび太の南海大冒険」。映画では第19作目に当たるらしい。当時の出来事ではなく大人になってからの話だが、匿名掲示板で藤本弘先生没後の最初の作品だったのを理由に悪い評価を下されていたのが忘れられない。便所の落書きとはいえ論評の要素がかけらもない、品性に欠けた書き込みだった。思い出に難癖をつけられたかのような思いをした。まあ確かに自分の中でもドラえもん映画シリーズで好きな作品は別のものになるのだが。

返してきなさい

苦い思い出がある。Sくんという男の子の友達がいたのだが、この子の家はミニ四駆が大変充実していた。段ボールやコロコロコミック製ではない、本物のコースがあった。すごいすごいと目を輝かせている「ぼく」に、気を良くしたのかミニ四駆をあげるよと2台ほど譲ってくれることになった。誓って言うがくれとお願いしたわけではない。あげると言われたからもらおうとなっただけだ。

上機嫌で家に帰ってきた自分の息子が、買い与えた記憶のないミニ四駆に夢中になっているのを発見した親は、「ぼく」を問いただした。「ぼく」はありのまま、くれるからもらったと話した。紛れもない事実だった。親は少し考えた末、「もらうのは良くないから返しなさい」と言い、結局親同伴でSくんの家に返しに行くことになった。道中はひどく悲しかった。

Sくんの親と親同士で会話したが、あらまあご丁寧にと揉めることなく、ミニ四駆は返却された。もう一度言うが、Sくんが自発的にあげると言ったからもらったのだ。譲渡プロセスの起こりから終わりまで、「ぼく」のゆすりや無茶振りやワガママは何一つなかった。とはいえ、今では親の懸念もまあまあわかる。

球を蹴ると、弾を撃つキャラのカードがもらえる

「ぼく」は全くもってサッカーに興味が無かったのに、数か月だけ地元の小学生サッカークラブに入ったことがあった。母が必死にやってみなよ、楽しいと思うよ、絶対面白いって、と洗脳に近い勧誘をひたすら続けたからである。

8才の自分の息子がインドア派の傾向を見せはじめていたことは、母にとって死活問題だったようだ。なんとかして健康的なスポーツ男子に軌道修正したいという親心・もといエゴにより、「ぼく」の改造計画は推し進められていた。

 

あまりにも興味が無くてサッカー選手をカッコいいとも思わないし、サッカーがうまくなりたいと思わない。だから小学校のサッカーでも上手く立ち回れないし、それについて悔しいとか勝ちたいとかの反骨心も湧かない。興味の無さが結果の無さを生み、結果の無さが興味の無さを強化する負のスパイラル。それが「ぼく」にとってのサッカーだった。*1

 

何度も何度も説得を繰り返されるたびにイヤだ、興味ない、楽しくないと頑なに突っぱねていたが、とうとう「ぼく」の意思は完全に無視され、クラブに入部が決まってしまった。わかりやすくムスくれた「ぼく」に流石に思うところがあったのか、母はクラブに行くたびに、ビーダマンのカードを買ってあげると提案した。ビーダマンのカードというのはスーパーに並ぶ「Bビーダマンカードガム」のことだ。数十円程度で、1つにつき2枚入っており、弾ごとに全部で約50種類ある。「ぼく」はそれにのった。提示されたエサにつられて前向きに受け取ったわけではない。いかにこの不本意なアクティビティの代償を支払ってもらうかという点で、それを招いた張本人が明確な報酬を示したことに対して一応の納得をしたのである。

 

そんなわけで定期的なクラブ活動参加が始まった。やってみると、意外とこれが楽しいかも…と思うことは全くなかった。

クラブにいるのはサッカーをやりたくてやっている健やかな少年であり、「ぼく」よりずっと小さなころからサッカーに親しんでいる陽気な少年であり、これまでの練習量も情熱も全く異なる彼らに技量で拮抗できるわけがなかったからだ。思想矯正のために入れられている「ぼく」とは違う。快活に動き回る背番号の中に、一人だけ冷え切った雰囲気をまとった囚人番号が混じっている。試合形式ではないヘディングやドリブルの練習でもあからさまに差が出ていた。出ていたというか、差がある状態からの始まりだ。それが余計にやる気を失わせる。あまりの熱意のなさに、言葉にはされなかったが「こいつは何しに来ているんだ」と言いたげな雰囲気ははっきり伝わった。自分だって何しに来ているのかわからん。はやく帰りたい。

 

その日のメニューが終わり、迎えに来た母に、帰りがけに日当を請求した。ビーダマンのカードだ。母自らが誓約したものだ。母は約束を守った。ただ単に買い物についていったときにねだっても買ってもらえるかわからないカードが、2時間の労役で確実に手に入るとは。溜飲が下がった。

 

それからクラブに通うたびに、絶対にビーダマンのカードを請求することを忘れなかった。約束した。買ってくれるというからクラブに通うのである。行動事由なんてそれだけだ。サッカー楽しくなってきた?ぜんぜん。そもそもあの子たち友達でもなんでもないよ。クラブで顔をつき合わせるだけの子たち。はい、今乗った電車の人たちとは友達になりました、仲良くしましょうねなんて思わないでしょ?ヘディングもあたま痛いし、ボール追いかけてヘトヘトになることに楽しみを見出すって何?ここまでの言語化は当時はしていなかったが、「ぼく」が醸し出す態度でなんとなく理解していたようだ。一向にカード目当てからサッカーそのものに興味が移らない息子の様子は、母にとって誤算だった。

 

何度目かの帰宅の道中にて、サッカーしたんだからビーダマンのカード買いに寄らないの?といつものように言った「ぼく」に、母はとうとう心が折れたのか、もうサッカーはやめよっかと改造計画の中止を通告した。その日はビーダマンのカードは買ってもらえなかった。突然の未払いに「ぼく」はなんで!?なんで!?と半泣きで抗議した。母のやりたかったことはスポーツへの興味関心の誘導、「ぼく」が受け取ったのはただの労役の契約、そこに最初から最後までズレがあった。

余談:再トライの母、Noトライの母

この数年後、母は空手道場に「僕」を通わせようと画策し、見学まで無理やり連れていくのだが、同様にあまりにも興味のない反応に今度は入部以前に諦めることになる。

 

と、いうかここまで伏せてたけど、この時期含めた数年間、スイミングスクールに通ってて、そっちは続けてたんだから別に良くない!?今でもクロールやら背泳ぎやら平泳ぎまで全然出来るぜ!?

 

時は過ぎ現代。還暦を迎えた母は最近ヒマでね~と話を振ってきた際、私は完全に善意で、何か習い事でも始めたら?と提案したところ、「そこまではしたくない」と返ってきた。おい。

小学校4年生(1999年) 

はじめての自分のスーパービーダマンと、Vは?

この年にはじめて自分のスーパービーダマンを手に入れている。ハンティングリンクスだ。OS世代のスーパービーダマンも触ったことがあったが、友人の持ち物を貸してもらう程度だった。

 

最初からハンティングリンクス目当てだったわけではない。スーパービーダマンが欲しいために親を説得して到着した玩具店にあったうちの一つが、ハンティングリンクスだった。売り切れている人気商品が見つかるまで何度も玩具店をハシゴしてくれるほどの協力は、親から得られそうもない。ハンティングリンクスを買ってもらうことにした。

 

 

爆外伝は、アニメが2期の爆外伝Vに変わった時期だ。前年度はほとんどのビーダアーマーを集めることが出来たが、この年のVビーダアーマーはなんと一つも買ってもらうことが無かった。特撮にあるあるな「去年同じのを買ったでしょ」が爆外伝で発動したのだ。

アニメだけは第1話から最終話までリアルタイムで完走したが、食玩も含め爆外伝V関連商品は全く買ってもらえなかった。

そしてその理由は、もう一つある。

今、関心が進化する

この年、自分にとって重要な出来事がある。アニメ「デジモンアドベンチャー」が放送された年だ。このアニメをきっかけに、今日に至るまでデジモンコンテンツを追いかけることになる。ファーストコンタクトは第12話「冒険!パタモンと僕」だ。偶然点けたテレビにくぎ付けになっていた。話数まで正確に答えられるのは、見た内容を覚えていて、そこからタイトルを逆引きできるからだ。タブンコンナモンとキットコンナモンが出ていた。

 

自分の興味の優先度は、あっという間にデジモンが首位に入れ替わった。他のホビーも変わらず好きだったが、デジモンはもっと好きだった。必然的に、ねだって買ってもらう玩具もデジモンの比率が大多数を占めるようになる。

 

デジヴァイスデジヴァイス2、デジモンカードなどデジモン関連商品を買い与えてもらうことになった。この年のクリスマスプレゼントはデジモンアナライザーだった。ノートPC型の玩具のデジモンアナライザーの箱はとても大きく、開けるまでは期待が大きかったが、開封したところノートPCが閉じられた状態ではなく、180°開かれた状態で梱包されており、実質外箱の1/2以下の大きさであったことにすこしだけガッカリした。*2

それでも1週間足らずでエンディングロールを見たぐらいにやり込んだ。

デジヴァイスが闇に葬られる時

小学生の頃の自分は、なかなかお人好しな部分があった。優しいというよりは浅慮であったというのが正確であり、軽率であったとも言える。

Hくんという友達がいた。仲良くしてから数か月ぐらい経ったある日、デジモンの話題になり、デジヴァイスを遊んでみたいという彼の淡い願望を聞いた。そこで「僕」は自分のデジヴァイスを貸すという提案をし、実際に貸した。このころ、友人間でテレビゲームの貸し借りをするという習慣があったし、それは円満に機能していて特に問題はないと思っていた。自分はもうデジヴァイスを遊びつくしており、隠しキャラのブイドラモンまでしっかり確保していた。セーブが別に消えてもよいとも思っていた。やり直せばいいだけだし。

 

そこからさらに月日があったある日、そろそろ返してもらおうとデジヴァイスの話を持ちかけたところ、Hくんは焦りのある表情を浮かべた。ちょっと待ってほしいという返事があり、その通りに短期間だけ待った後に再度同じことを問いかけた。Hくんは観念して顛末を話した。失くした、と言う。

 

借りたものを失くしただけでなく、失くしたという報告だけで終わらせようとしたHくんに「僕」は激怒した。いいやダメだ、あれは貸しただけだ、しっかり探して返してくれ。そもそもどこまで探したのか?人のものなのだから真剣に探すべきだ。まさかそんなに軽い扱いをされるとは思っておらず、Hくんに迫った。

 

Hくんは困り果てた末、代案を提示してきた。マリオコレクションをあげるから、それを弁済として勘弁してほしいと。確かにソフトとしてのマリオコレクションは自分にとって欲しいソフトではあったが、とはいえこんな形で渡されるのも納得がいかない。しかし、これ以上詰めてもデジヴァイスが返ってこないという諦めと、一応の謝意とその代償品の提示で手打ちにすることにした。

今思えばあれは大失敗だったなと思っている。現代で再度買い戻すのが難しいのはどっちなのか、その答えを知っているからである。

Oh~~!バッナ~~ナ!!

この年の誕生日プレゼントは、ドンキーコング64だった。メモリー拡張パック付きだ。64本体の「はがさないでください」と警告文のついたシールをはがし、ターミネータパックを差し替える行為は、奇妙な背徳感を覚えた。

当時はかなりの時間をプレイに費やしたのだが、ギリギリクリアできたかどうかぐらいだったはず(記憶が曖昧)だ。大学生の時にリベンジしたのだが、198/201本までゴールデンバナナを集めたが後3本が叶わなかった。難しいんだよこのゲーム。

作品の終わりに立ち合う

この時期も購読が続いていたコロコロコミック。いつものように発売日に読みふけっていると、爆走兄弟レッツ&ゴー!!MAXの最終回に直面した。これには童心にかなりの衝撃を受けた。購読期間に連載漫画の最終回を見たことなんていくらでもあったはずだが、ミニ四駆という巨大コンテンツは物心ついたころから視界に入っており、半ば当たり前のように捉えていたからだ。いつまでも続くという漠然とした思い込みがあった。こんだけ強い作品でも"終わる"んだ!?とビビったことを覚えている。無論、ミニ四駆というコンテンツ自体が終わったわけではなかったが、それでも漫画が終わるということは、相当なショックだった。

小学校5年生(2000年)

╲キュイーン/

この年のクリスマスプレゼントはワンダースワンカラーだ。ソフトは「デジモンアドベンチャー02 ディーワンテイマーズ」。これまでは視力低下を懸念して携帯機を買い与えることを控えてきた親だったが、数年経ち考えに変化が出てきたこと、ワンダースワンには据え置きプレイの手段が無かったことでついに携帯機所持にOKが出た。そんなわけで、「僕」の携帯機ゲームデビューはワンダースワンになった。電池一本で駆動するのも良かった。ワンダースワンの通信ケーブルも入手し、D-3やディーターミナルとの連動要素も一通り体験できたのも良い思い出となっている。

密航

悪知恵がついてきたころの話。親がスーパーに行く用事についていく理由はただ一つ。お菓子や食玩を買ってもらうためだ。うちにはお小遣い制度はなく、欲しいものは申告して親に買ってもらうシステムだった。とはいえ、通らないことも多い。買い物1回につき数十円の買い物は許可されるのだが、200円300円の価格帯の食玩はほとんどが通らなかった。欲しいが承認が通らないものを通す手法は無いものか———ある時「僕」は一計を案じた。お伺いを立てずに親の買い物かごにしれっと放り込んだのだ。親が気づかないまま、レジで精算され、欲しい食玩を手に入れることが出来た。後で気づいた親も呆れるだけでそこまで怒ることはなかったが、何度か繰り返したところで正式にNGが出た。そりゃそうだ。でも、お小遣いを貯めて買うなんて選択肢も無かったし。

終生の友、Kくん

皆さんには長い付き合いの友達はいるだろうか。私にはいる。小学校高学年の頃にクラスメイトとなったKくんという人物だ。正確に言うと友達として遊ぶようになったのがその頃であって、所属だけであれば同じ幼稚園に通っていたらしい。たまたま交流が始まったのが小学校高学年だった。この頃から君付けで呼んでいるので、いい年になった今でも君付けで呼ぶことが多い。非常に趣味も合い、感性もかなり近かった。好きな漫画もゲームもおもちゃもほとんどが被っている。

彼と「僕」で大きく異なる点は、Kくんは非常にモテたということである。モテと言っても黄色い歓声があがるような外見の良いタイプではなく、女の子とフレンドシップを築きやすい、柔和な雰囲気を持っているような感じだ(中学生の時から彼女もいたので恋愛的なモテも兼ね備えていたが)。彼とは中学校・高校も同じだったが、私が県外の大学に進学したのを機に、直接会って遊ぶということは少なくなった。ちょうどSNSの黎明期と重なり、ネットを通じたやり取りは頻繁にしていたためそんなに疎遠になった気がしなかった。Kくんは25歳という若さで大学時代の彼女と結婚し、今では2児の父をやっている。

「俺はお前のせいでオタクになったんだからな」とたびたび言われるが、完全に知らんぷりしている。中学生以降にハルヒ瀬戸の花嫁を紹介したのは「僕」だが、らき☆すた以降は勝手に自分でハマってたじゃないか。

小学校6年生(2001年)

「なんで俺だけ!」

Oくんという友達の家で遊んだ時のこと。そのときは集まった友達数人でスーパーボンバーマン5でひたすら対戦していた。Oくんのお姉さん(中学生ぐらい?)も混じってかなりの数の対戦を重ねていたが、流石所有者ということでOくんの勝率が相当に高かった。Oくんは気分上々だったが、それ以外のメンバーはだいぶ白けており、「僕」も内心イラつき始めていた頃だった(今でこそ勝敗はだいぶテキトーに流せる余裕はあるが、当時は小学生。本気で勝ちにいきたいのである)。次第に他プレイヤーはこぞってOくんから抹殺しようと徒党を組み始める。

それでも強いOくんはその後も何戦か勝ち続けるものの、ついに葬れそうな好機が訪れる。そこだ、やれ、おしい、と口に出し始める友達。Oくんのお姉さんですらがんばれ、やっちゃえと後押しする始末。爆風に当たるOくん。ようやく、Oくんに黒星がついた。

 

               「なんで俺だけ!」

 

リザルト画面が出たと同時に号泣してコントローラを床に投げつけるOくん。いや、ずーーーーっと勝ち続けてるのを見てるみんなも結構ストレスだったよ…?と思いつつも、まあ確かに全員に負けを望まれるのもそりゃ嫌だよな、という話になり一転して慰めモードに入った。でもさー…

ZOIDS

「好きか?」と問われると確実に好きだと答えるが、当時全然所有していなかったのがZOIDSだ。デジモンと同時期にアニメが放送されていたため、かかさず毎週視聴し、VHSにも録画していた。ブレ―ドライガーライガーゼロなどのアニメ主役機などは手に入れられなかったが、シャドーフォックスだけ友達から譲ってもらったことがある。ミニ四駆のときとは違い、こちらは何故か親に咎められることは無かった。中学生以降はブロックスを数点摘まむことはできたが、大型ゾイドは縁が無かった。大人になってからHMMをいくつか買っているが、今度は組む時間の無さに悩んでいる。

ベイブレード

実はベイブレードの思い出は、過去に一度まとめている。別記事を紹介する。

mosaku-rx.hatenablog.com

登山とマグネスタジアム

上記のベイブレードの思い出記事に載っていない話をする。父にマグネスタジアムを買ってもらった時の話だ。このマグネスタジアムが当時自己所有していた唯一のスタジアムだった。それまでたちゃんとしたベイバトルをするには、友人の家のスタジアムを使うしかなかった。

欲しいとねだった際に父が条件を出したが、それは実にシンプルなものだった。父の好きな登山に10回同行するというものである。登山と言っても標高1000m程度の、日帰りで行ける程度の山だ。言ってみれば斜面の多いピクニックである。その場で同意した。上記に挙げたサッカーよりも相当に条件が良いと思えた。そして、10回の達成後ではなく、最初の登山の後に買ってもらえた。今にして思えば父は「僕」のモチベーションコントロールは割と上手い方だったと思う。

別に約束を違える気はなかったが、父自身も忙しいためなかなか機会を作るのも難しく、累計4回かそこらあたりで自然消滅してしまった。登山を嫌がったわけでもないが前向きでもなかったため、ノルマとして付き合わせるのは父としても気が乗らなかったのだと思う。

現代でもまだ実家にマグネスタジアムは残っているが、室内とはいえ窓から入る紫外線によって大分劣化し、相当なひび割れが起きている。押し入れにしまっておけばキレイに維持できたかもしれない…。

 

おもちゃではなくなったクリスマスプレゼント

 第二次性徴が始まり、ひげが生えてくるようになった「僕」は、ついにクリスマスプレゼントにおもちゃ以外のものをお願いした。ひげ剃りだった。今思えば父のを借りるとか、プレゼントではなく生活必需品として要求するなりしても良かったと思うのだが、たぶんそれは背伸びだったのだと思う。とりあえず、ここが大きな転換点になったのではないか考えている。

 

終わりに

そんなわけでここで終わりである。なんか急にぶつ切りになったような終わり方だが、これらは思い出であり、物語ではないので、そんなもんである。「転換点」とは言いつつも、この後もPS2やDSを買ってもらうような機会はあった。しかし大人を意識し始めたという点では転換点と言って差し支えないと思う。

*1:注:別に一般論としてサッカーをディスっているわけではない。好きな人は好きでいいし、興味がない人は興味がないでいいじゃないか。逆に自分の好きなものが他人に理解されないことがあっても当然だと思っている。その辺の前提条件はご理解いただきたい。とりあえず、この話は続ける。

*2:ここに写真がある。 https://www.amazon.co.jp/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E5%93%81-NON-%E3%83%87%E3%82%B8%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%BC/dp/B0CLSF1SS3

【短文】【ベイブレード】 ブレーダーズ ラウンジに思うこと

 

ブレーダーズラウンジ(発足当初の名称はブレーダーズラボ)が終わってしまうらしい。存在すら知らなかった人もちらほら見かけたが、始まったのはベイブレードXの発表と同時期だ。

 

 

まだまだベイブレードXの展開は続く今、コミュニティサイトは何故終わったのか。おそらくみんな特に疑問には思わないだろう。

公式すらこのコミュニティサイトを早々に見捨ててしまっていた有様だったからだ。

 

 

 

最初こそ開発チームからのトピックス(クロスオーバープロジェクト投票、レアベイゲットバトルの景品)などが展開されたが、あっという間に使われなくなってしまった。残るはラウンジのスタッフ(タカラトミーとは別会社から派遣されたコミュニティ管理人)、ムスボ(会話誘発型という触れ込みのAIbot)のみだ。後は適当にやっといてぐらいのすがすがしい放置っぷりだ。

 

ムスボについては、実際にスレッドを見てみると余計に悲しくなってくる。

【ムスボ】新しく試してみたいベイブレードの改造はありますか?:掲示板:ベイブレード ブレーダーズ ラウンジ|Beach - ビーチ

 

春も近づき、みんなのベイブレード戦略も進化していくことでしょう。気になっている新たなパーツや組み合わせがありますか?どんなカスタマイズを試してみたいですか?ぜひ共有してください!

 

AIらしい最大公約数的な話題の振り方だ。人間様にめちゃくちゃぶん投げている。こんなテキトーなネタ振りにコメントつくの?というレベルだがまあついている。ただついている内容がまたつらい。

 

「ありません」

「ないです」

「わかりません」

 

 

ちゃんと答えてるコメントもなくはないが、上記のような投げやりなコメントは他のムスボトピックでも目立っている。

 

コミュニティサイトなのにコミュニケーションが死んでいる。そりゃ終わるしかない。

 

実際、ベイブレードのファンコミュニティはX(旧Twitterのこと)で事足りている。開発チームのアカウントだって継続的・精力的に情報発信しているのはXだ。掲示板サークルタイプ、BAN権限など主催側が管理できるわけではないだけで、ファンコミュニティとしての役割はほぼXが担っている。Xにだって色んな問題や課題はあるし、ファンコミュニティサイトとして作りたかった形式自体は理解できるので、Beachに築く意義はなくはなかったが、振り返るとせっかく立ち上げたファンコミュニティを盛り上げようという意思すら全然感じられなかった。最初だけですやん。付録目当てでこどもちゃれんじ始めた小学生でももうちょっと長続きする。

 

ベイブレードX広報活動については色々と施策は打っているように見えるが、やり始めるならもう少し考えてほしいし、やり始めたなら続けるための努力はしてほしい。

 

追記

せっかくなので公式側の記事投稿数を調べてみた。

 

 

初年度で全力を出してしまい後は失速というよくあるパターンだった。会話AIを投下するよりも「キャラクター選挙」とか「好きなエピソード投票」とか何かしら企画すればよかったのに… 

オタク向け・図書館を使った新聞記事/雑誌記事の探し方+寄贈、知ってるとこまで

「自分が好きなものを、より深く知りたい」。そのような思いが高じて、作品の商品・番組・特集にとどまらず、広告・催事・制作者・会社・俳優・声優…様々な要素を追いかけるのは愛の形の一つでもあり、暇つぶしの一種でもある。

 

そんなわけで、私自身が図書館を使いここ1年ほど新聞記事や雑誌記事を読み漁るという行為を続けていたが、「これ、やり方を公開しておくと結構役に立つんじゃね?」と思い当たり、まとめてみたのが本記事になる。

 

 

はじめに

 

私が実際に調べた「ベイブレード」の実例をいくつか添えて紹介する(「ビーダマン」でも調べているが、総ヒット量的にベイブレードの方が例として使いやすかったので、こちらを例としている)。

 

また、実際の調べものの写真や画面などは掲載が難しいので全編が文字のみの記事となるが、そこはご勘弁願いたい。

 

注:あくまで私が調べものをするにあたって体得していった知識がベースなので、より効率的な方法やさらに広く深く調べる方法もあるかもしれないし、専門家から見ると色々不足しているかもしれない。そういうときはそっと教えてほしい。ただ不定期ながらも図書館通いを1年くらい続けて得ていった知識を整理した内容ではあるので、それなりに最適化は進んでいるという自負はある。しっかりと読んでもらえれば私が体当たりで学んでいった1年間の成果をわずか20分程度で得ることができるはずだし、それが達成できることを願って内容をまとめている。

 

この記事の目的は偉そうに講釈を垂れたいのではなく(である調の文章でそう見えるのはご寛恕願いたい)、誰でも再現できるように方法を書き残しておくのでなんか面白い記事や情報を引っ張ってくる人がたくさん増えたらいいなという気持ちで書いている。

 

この記事では、度々「国立国会図書館」と「公共図書館」という言葉で2種類の図書館を意図的に呼び分けているが、国立国会図書館は名前の通り固有の国立図書館・特に永田町にある東京本館を指し、公共図書館は全国各地にある一般的な図書館を指しているものとして読み進めてほしい。

 

国立国会図書館については以下記事で触れているのでこちらも参照してもらえると以降の内容の理解の助けになる。

mosaku-rx.hatenablog.com

新聞記事編

閲覧媒体

まず、過去の新聞記事を調べて読むには大きく2つの方法がある。ざっくり言うとデジタルとアナログだ。

デジタル:新聞記事データベース

新聞記事データベースはPCからブラウザでアクセスできるWebサイトで、キーワードや発行時期などで絞ることができる大変便利な情報源だ。各新聞社が提供している。ちなみにキーワード検索の結果ではテレビ欄は出てこない。主に朝日新聞毎日新聞・読売新聞・日本経済新聞などの全国紙のものがもっともメジャーだ。どれも本来は有料契約が必要になるが、図書館が契約して利用者に無料開放しているサービスを使えば個人で契約する必要はない。来館後にPC席を確保すれば利用できる。

 

契約数が多く、もっとも充実しているのは国立国会図書館だが(ただし、契約DBの種類はすべての公共図書館の上位互換ではない)、全国の公共図書館でも「朝日新聞中日新聞だけ」「産経新聞日本経済新聞だけ」といったようにいくつかに絞られてはいるが利用できたりする。お試しで少し見てみるだけであればハードルは低い。費用が掛かるのは印刷した場合だけだ(もしかしたら一部の図書館ではPC利用自体に費用がかかる場合もあるかもしれないが)。

 

近隣の図書館のホームページを確認すれば、その図書館がどの新聞社のデータベースが利用できるか書いてある。例えば東京都内で言うと板橋区練馬区の図書館では契約しているDBに違いがある。最寄りの図書館1つ確認して、閲覧できるラインナップが期待に沿わなかったとしても、そこで諦めずに別の図書館を見てみた方がよい。

 

また、大学図書館についても取り上げておきたい。学外者にも開放している大学図書館も多く存在するので、もし近くに大学があるのであれば、学外者が利用可能かホームページを確認すると良い。正規の手続きに則って利用できるのであれば全く問題はない。お住まいの地域によっては、その選択肢こそが最適解であるケースもあると思っている。何故ならそもそも大学は教育機関のほか調査研究機関の側面もあり、調査研究のために契約している新聞DBが充実している可能性が高いからだ。

 

余談だが、公共図書館で新聞DB、ひいてはPC席を使うルールは事前に確認しておこう。一回何分まで・延長は何回までなどの時間制限や、記事の印刷時に記事タイトルなどを手書きで記載・提出しなければならない場所もある(20以上の記事を閉館ギリギリになって申請したときは本当にしんどかった)。

 

アナログ:縮刷版、マイクロフィルム

縮刷版とは、漢字の通り新聞を原版から縮小したサイズで本の形態にまとめた出版物のことを言う。一か月分が1冊になっており、縮刷とはいえ鈍器になりそうな重さと厚さになっている。これは図書館が所蔵しており、比較的最近のものであれば開架書庫に並んでいるし、古くても閉架書庫から取り出せる場合もある。全国紙であればその辺の公共図書館に普通に置いてある。

 

マイクロフィルムは、小さなフィルムに極小サイズまで縮めた新聞面を焼き付けた媒体だ。リールに長いフィルムが巻かれており、1面1面を連続で記録している。閲覧コーナーに投影機が設置されており、それを使用することで極小サイズから肉眼で読めるサイズまで倍率を上げて投影することができる。フィルムをセットして、必要な紙面が載っている位置までシークして閲覧する。最初は操作方法に戸惑うが、たいていは丁寧な説明資料がわかりやすい一枚ペラでおいてあるので、読んでその通りに動かせば簡単だ。困ったら図書館員に聞いてアシストしてもらおう。

 

一月分が前半と後半でフィルムが分かれているケースが多く、例えば12月12日の新聞記事を探したい場合、12月分前半の記事が記録されたマイクロフィルムを請求し、投影機にセットして12月1日から順に進めて12日の位置まで移動させる、といった使い方になる。手回しなのでまあまあ大変だ。仮に「VHSの早送りを自分の手で回してやらなければならないとしたら」の労力を想像してもらうと面倒さが伝わるかもしれない。

 

マイクロフィルムは縮刷版が存在しない新聞に対し、図書館が独自に作製して所蔵していることが多い。紙の現物を残すよりもコンパクトに収蔵できるからだ。図書館は蔵書の保管スペースの確保にいつも苦慮しているようだ。

 

ちなみに、国立国会図書館で縮刷版やマイクロフィルムを見るには新館4Fの新聞資料室に行く必要がある(一般的な書籍は本館2F、雑誌は新館2F)。新聞資料室からの資料の持ち出し・及び新聞資料室への資料の持ち込みは禁止されているので、書籍や雑誌と並行して調べものをすることはできない。そして新聞系は同時貸出が3点までのようだ。国立国会図書館は基本的に閉架式だが、新聞の縮刷版については開架で並んでいるものもある。

 

おすすめの検索方法

当然ながら、縮刷版やマイクロフィルムにはキーワードで記事を検索する機能はない。まず、あらかじめ何月何日の何面に目的の記事があるのかを知っていなければ、探すことすらできない。そのため、「DBが利用可能であれば、わざわざ縮刷版やマイクロフィルムまで手を出さなくてもよいのでは?」という考えが浮かぶ人がいるだろうが、実は全然そんなことはない。

 

確かに新聞DBはキーワードでの検索が可能で、特にフルテキスト検索(見出しだけでなく、本文全体にかけてキーワード一致したものを結果に出す)であるため、結果から読みたい記事を表示・印刷すれば手っ取り早く調べものを終わらせることができる。ただし、DBはテキストのみで記録されていることが多く、写真が掲載されていないケースがある(肖像権などが絡んでいるなどの理由も含まれると推察)。また、対象がテキストでも著作権保護コンテンツなどDBでは閲覧できないもの(DB上、見出しが存在しているが本文が読めない)がある。そんな場合に縮刷版やマイクロフィルムを当たることで解決することができる。DBでキーワードに引っかかる記事が何月何日のものかをリストアップし、それが載っている巻号の縮刷版、マイクロフィルムを調べるという方法である。

 

要はDBを記事索引として使い、本文はアナログ手段で見るという合わせ技である。こうすることで記事原版の完全な情報にアクセスすることが可能だ。面倒ではあるが写真一枚あるだけで記事の印象がまるで違うので、せっかく新聞記事の範囲まで探しものをしたいという好奇心があるのであれば、そこまでやった方が満足度は高い。一部PDFなどで掲載紙面のレイアウトが写真込みで表示できるDBもあるので、その場合はDBのみで済むが、割とこの合わせ技が使える機会は多い。

 

地方版と地方新聞

厳密な定義があっているかわからないが、とりあえずここでは以下とする。

地方版:その新聞の販売区域のうち、地域ごとのニュースを掲載するページ。例:朝日新聞の地方版 大阪
地方新聞(地方紙):地方で展開されている新聞。例:西日本新聞
(細かい区分では地方紙、ブロック紙、県紙、地域紙などがあるみたいですが省いています)

 

まず、全国紙の地方版については全国紙DBに収録されているため、テキストデータなら検索は可能だ。ただし、縮刷版では地方版のバリエーションまでは収録されていない。国立国会図書館には地方版をマイクロフィルム保存はしているようだ。もしくはその地方にある図書館であれば、同様にマイクロフィルム保存されている可能性がある。

 

また、地方新聞の場合も各々データベースが存在しているが、同じ地方の図書館が契約していることが多いようだ。例えば、九州で展開している西日本新聞のデータベースを利用できる図書館はおなじく九州にある場合がほとんどだ。なので東京にいながらにして"図書館が提供するサービスという形で"地方新聞DBを使うことができる図書館はおそらくない。

 

そのほかに「G-Search」という多くの全国紙・地方紙を横断して検索・閲覧することができるデータベースが存在し、公共図書館で契約しているケースがある。これであれば別地方の地方新聞も調べることができる。ただし、このデータベースは従量課金制だ。記事本文どころか、見出しを出すだけで1件あたりいくらかの費用がかかってしまう。私は使用を見送ったが、本腰を入れて調べたいものがあれば使用を視野に入れるのもありだろう。ただ料金表は事前にしっかりと目を通してほしい。1件あたりの費用はたかだか十数円だが、検索結果に数十件出てきた時点でその数の見出しの費用が一気にかかることになる。

 

「地方新聞の地方版」については割と最難関かもしれない。その地方新聞のデータベースには存在するが、本社版が収録されたマイクロフィルムを確認しても見つからない記事がいくつかあった。データベース側にはどの地方版かがわかる情報がなかったため、すべての地方版を探さなければ見つからなさそうではあったが、さすがに労力がかかりすぎるので断念したものもある。

 

海外の新聞

ガーディアン(イギリスの大手新聞)だけやったことがあるので、一応紹介してみる。ガーディアンは全文検索DBを提供しており、ヒットした記事の見出しまではログインしておらずとも確認できる。つまり検索結果一覧の表示までは自宅のPCからでも出来る。国立国会図書館は有料契約まではしていないらしいので訪問したとしても、"DB上では"本文は見れない。

 

theguardian.newspapers.com

 

しかし、運よく国立国会図書館にはガーディアンの原紙が所蔵されていたので、後はそれの該当号を請求すれば確認できた。マイクロフィルムではなく、原紙を綴じたファイルになっていた。原紙のページを特定すればコピーの依頼が可能だ。実際、この方法でBeybladeの記事を見つけ、コピーすることに成功している。

 

おそらくNew York Timesでも同じことが可能(DBが存在していて、キーワード検索から記事の見出しまでは引けるところまで見ており、国立国会図書館内の所蔵も確認できたから)だとは思うが、こちらはめぼしい記事の見出しがなかったこともあり、本文確認まで試したことはない。

 

雑誌記事編

注:雑誌記事については、新聞記事に比べると公共図書館で出来ることは少なくなる。雑誌記事を検索できるDB契約が少ないのと、そもそも雑誌を所蔵している公共図書館自体が稀だからだ。

雑誌はまず本文が読めるデジタルデータベースが無い(新聞社が発行している経済誌など例外はあるが、おそらくその例外で十分な探し物をする人はあまりいない)。PC上で追えるのは索引までで、本文は原則、紙の原本を当たる必要がある。

 

さて、例えばあなたが「ベイブレード」の記事を探したいとする。どうやって調べるだろうか。その時期のコロコロコミックを漁ったり、学年誌を読み込んだりは最初の入口になるだろうが、それらは載っているということ自体は前提知識でわかりきっているからこそアタリを付けられているのである。ここでは普段からそれらを扱っているわけではない大衆雑誌などに単発で記事が載っていないかを探す方法について記載していく。

 

国立国会図書館サーチの目次・記事検索欄を使う

国立国会図書館サーチの詳細検索のページを開き、各項目を見てみよう。中段あたりに「目次・記事」という項目があることに気づかないだろうか。

詳細検索 | NDLサーチ | 国立国会図書館

 

ここ

 

 

例として「ベイブレード」という単語で一番上のキーワード欄を使った検索結果と、目次・記事欄を使った検索結果のURLをそれぞれ貼った。リンク先を見てみて違いを確認してほしい。

キーワード「ベイブレード」の詳細検索結果 | NDLサーチ | 国立国会図書館

目次・記事「ベイブレード」の詳細検索結果 | NDLサーチ | 国立国会図書館

 

目次・記事欄の結果の方には、「ベイブレード」と書籍タイトルにはついていないが、書籍内の「ベイブレード」とつく記事がヒットしていることがわかる。目次・記事については図書館が書誌データを付与することで検索することが可能になっている。逆に言えば付与されていなければヒットしない。すべての書籍に付与されているわけではないらしいので、これで見つからない記事も当然ながらいくらでもあるが、館外からでも試せる手段であり、これだけでもいくつか見つかることがあるので気軽に試してもらいたい。ちなみにこれでコロコロコミックの記事は一切引っかからない。

 

国立国会図書館デジタルコレクションのフルテキスト検索を使う

本の中身を見開き単位でスキャンして電子書籍化したのが国立国会図書館デジタルコレクションだ。

www.ndl.go.jp

 

本文の閲覧は館内限定となるが、デジタルコレクションではフルテキスト検索に対応しているものも結構ある。記事・目次欄で引っかからないページも引っかかることがある。ただし、あくまでもデジタルコレクションの範囲・かつフルテキスト検索可能な書籍のみのため、これも世の中に存在する図書のうちほんの一部ではあるが、検索結果の確認までは館外から試せる手段だ。ちなみにこちらもコロコロコミックの記事は一切引っかからない。

 

雑誌索引のデータベース「大宅壮一文庫 雑誌記事索引検索 Web版」

元はジャーナリストの大宅壮一(1900-1970)が蒐集したコレクションを開放していたことから始まった専門図書館で、世田谷八幡山に本館がある。入場料を払うことで利用可能だ。

そしてコレクションには独自に本の分類整理・タグ付けをしたデータベースが存在しており、国立国会図書館・及び一部の公共図書館はこのデータベースを利用することができる(当然、館内限定)。

 

気を付けてほしいのは雑誌記事DBではなく雑誌索引DBということだ。検索結果から雑誌記事のテキストを表示できるわけではなく、あくまで索引までだ。DBで確認できるのは「この記事が載っているのはこの雑誌のこのページ」までであり、本文を読むにはその雑誌そのものを所蔵している場所で手元に請求するしかない。

 

個人の使用感ではあるが、前述した2つよりも引っかけられる記事は多かった。ちなみにこちらもコロコロコミックの記事は一切引っかからない。

 

雑誌記事の調べ方まとめと注意点

NDLサーチの目次・記事検索:どこからでも検索可能(検索結果は索引まで)。目次・記事データが付与された書籍でなければヒットしない。

デジタルコレクションの検索:どこからでも検索可能(ものにより館外閲覧可能/不可が分かれるが、たいていの場合、館外からは索引まで。館内で本文閲覧可能)。デジタルコレクション化された書籍、かつ全文検索まで対応させた書籍でなければヒットしない。

Web大宅:契約した機関からのみ検索可能(検索結果は索引まで)。収蔵された雑誌のみだが、前者2つでは拾えないものも拾える可能性がある。独自にタグ付けがされている。

 

他にも雑誌索引検索DBに「ざっさくプラス」というものがあるが、こちらは少なくともホビー系には向かないとの話を司書から聞いたことがあり、実際私が使ってみても検索結果は他と比べてもあまり多く表示されなかったため、紹介はやめておく(あくまでホビー系に向かないだけであり、調べもののテーマやジャンルによって向き不向きがある)。

 

 

寄贈について知っていること

最後に、寄贈について知っていることを記す。国立国会図書館サーチでヒットしない書籍を発見したので納本をする予定だったが、準備している最中に追加されたことにより(半年以上追加されなかったのに…)、手続きを経験できなかった。

そのためあくまでネット上で確認できていることをまとめただけの形になっているため、参考程度にとどめてほしい。

 

国立国会図書館への「納本」

www.ndl.go.jp

リンク先の文章「日本国内で頒布を目的として発行された出版物は、原則として、すべて納本の対象となります」とあるように、国内出版物は国立国会図書館への納本が義務付けられている。つまり、あらゆる国内の書籍や雑誌は国立国会図書館に収蔵されることになる。

 

収蔵漏れ判断に見落としが無いかの例

「原則としてすべて納本の対象」の通り、基本的には国立国会図書館に納本されないということはないが、あなたがもし、その納本されていない書籍を見つけ、手放してもよいというものが手元にあるならば寄贈は可能だ。ただし漏れているというケースはほとんどない。

 

例えば1999年に「ハイパーコロコロ」という雑誌が春号・夏号の二冊が発行されているが、これらは「ハイパーコロコロ」というキーワードでは国立国会図書館サーチの検索結果に出てこない。しかしこれは所蔵されていないというわけではない。

何故ならハイパーコロコロは、コロコロコミックの増刊号として月刊コロコロコミックの巻号一覧に連ねて管理されており、「ハイパーコロコロ」というキーワードでは引っかからないためである。

 

 

「雑誌名称をキーワード検索したが出てこない!なのでこれは収蔵漏れ!?」と判断するのは早い。もしそれが雑誌であれば、まずは何かの増刊号扱いではないかを調べる必要がある。雑誌ではない書籍の場合はISBN(書籍に一意につけられる識別コード)を検索すれば確実だ。

寄贈を検討するなら、まずは下記は最低限調べるようにしよう。

  • 書籍のタイトル
  • (雑誌の場合)増刊号か否か
  • (雑誌ではない場合)ISBN

 

また、雑誌につく小冊子は所蔵の対象になっておれず捨てられていたり、2,3か月分の冊子を合本化して1つの書籍扱いにされていたりするケースがある。今見当たらないからといって納本の対象に出来るとは限らないためこちらも事前に調べておく必要がある。とはいっても、こればかりは現地に行って請求しないとわからない。

 

 

同人誌も納本対象

また、納本制度は同人誌も対象である。同人誌の作者が国立国会図書館に納本した例はネット検索すればたくさん出てくる。100部以上頒布していれば、納入出版物代償金を国から受け取ることも可能だ。

 

さらに、第三者からの同人誌納本も可能である。作者でなければ納入出版物代償金は受け取れず、単純な寄贈となる。

 

ただし、第三者の納本は著者とのトラブルにも繋がりかねないため、あまりおすすめはしない(納本制度に則っている限り、法律的には第三者に非はないが…)。

 

togetter.com

posfie.com

ちなみにコピ本は基本的には納本制度の対象ではないらしい(納本された例外もあるとは聞いたが、詳細は不明)。

 

不明なことーー状態の良い重複本の差し替えは可能なのか

不明なものを書いておくのもどうかと思うが、備忘も兼ねて記しておく。

国立国会図書館の書籍は結構な割合で欠損や汚損が発生している。せっかく所蔵されていても利用されるたびに状態が悪くなり、のど割れなど補修されるものもあるが、ページの欠損で失われた情報についてはどうしようもならない。国立国会図書館自身が他の図書館から無事な本からページをコピーしたり、入れ替えて補完するようなことはない。

この場合は状態の良い本を寄贈して差し替えてもらうことは可能なのか気になったことはあるが、質問したことは無い。

 

 

公共図書館への「寄贈」

国立国会図書館のほかにも、ほとんどの公共図書館は、書籍を収蔵する手段の一つとして寄贈を受け付けている。ただし国立国会図書館は「納本義務」であり、あらゆる書籍が対象だが、公共図書館は「収集方針」と「除籍」が存在する。

収集方針

公共図書館はなんでもかんでも収蔵するわけではなく、一定の基準に沿った収集方針を定めている。寄贈についても同様であり、それらの方針は公開されているため、事前に情報を確認すると良い。特に自費出版・雑誌・漫画などはほとんどが受け付けていない。雑誌があるとしても直近数か月・数年分のみを所蔵する方針が一般的だ。

ただし、世の中には雑誌を古い巻号から累積的に収蔵する図書館や、漫画を収蔵する専門図書館も存在する。寄贈できそうな図書館を探してみるのは無駄ではない。

除籍

一度所蔵された書籍でも、情報が古くなった・新装版が出た・重大な破損が起きた、など様々な理由で所蔵対象から外れる「除籍」が発生し、その場合は無償譲渡や廃棄などで処分されている。寄贈本についても特に扱いが変わることはなく、せっかく寄贈した書籍も図書館都合で除籍されることになる。つまり寄贈を受け付けてもらったとしても、半永久的に所蔵されるという保障はない。

 

せっかく寄贈するのだから、末永く保管してほしいというのが寄贈者のエゴではあるが、一般の公共図書館は所蔵スペース的にも、管理する総量としても限界があるためこればかりは仕方がない。

 

とはいえ、オタクが書籍を寄贈を検討しているのであれば、たいていは娯楽関係の書籍であるとして、それを受け付ける図書館があるのであれば、そもそもが除籍の可能性が少ない収集方針の可能性が高い。特に雑誌の欠号を埋めるという形であれば、除籍は起こりにくいと考えられるので前向きに検討してみてはいかがだろうか。

「ゴミになる前に必要な人の手に渡れば満足」であればフリマサイトに放流するのもありではあるが、きちんと管理してくれる機関が見つかり、目先の売却益よりも広く閲覧できる環境に貢献できることにメリットを感じるのであれば、寄贈はおすすめしておきたい。

 

おわりに

まとめた調べ方について、すべてを試すには(検索ヒット量にもよるが)1日ではまるで足りない。これはやってみるとわかると思う。しかし図書館に訪問する前にも実施できることもいくつかあるため、事前に自宅で検索を済ませておくなど効率的にあたればある程度は時間を短縮可能だ。最初にも書いたがなんか面白い記事や情報を引っ張ってくる人がたくさん増えたらいいなという気持ちでまとめたので、活用してくれる人が出てきたら本望である。

 

追記:公共図書館への寄贈をやってみた

国立国会図書館ではないが、公共図書館に寄贈する出来事があったので追記しておく。本記事公開時までに寄贈がギリギリ間に合わなかったが、実は雑誌を収蔵している公共図書館で雑誌の欠号を見つけており、また自分の手元にそれがあったので実際にやってみた。

どういう手続きがあるのかなと色々想像しつつ、恐る恐る聞いてみたが実にあっさりしたものだった。

 

①受付に欠号の該当号と寄贈の意思を伝える

②その場で受付が調べる

③実物を渡す

④内部部門で所蔵するか確認するが、何らかの理由で所蔵しない判断になった場合は返却が必要か聞かれたので、その場合は返却してほしい旨を伝える

⑤連絡先を控えさせてほしいとのことでメモ用紙に記載

 

①~⑤に分解すると多く見えるが、実際は一連の会話のやりとりで5分以内に終わった。所定の用紙も不要でメモに書いただけだ。

 

後日、1週間立たないうちに所蔵検索で欠号だったところの所蔵が確認された。受付終了ということだ。(ただし、受入日が1年以上前になっていた。なんで? 検索結果の反映タイミング的には自分の寄贈で配架されたはずだが…)

 

若干肩透かしではあったが、欠号が埋まるのは見てて気持ちがいい。経験できてよかったと思う。