まえがき
経年劣化というものは恐ろしい。大事に取っておいているはずのものが、年数を経るごとに減ったり、溶けたり、別物に変容していく。珠玉のコレクションはいつまでも美しく、色褪せず、完動品であってほしいと思うものだ。さらに欲を言えば冷凍庫に入れた食品は賞味期限が永遠になってほしい。
しかしそうはいかないのが世の常だ。去年の冷凍牡蠣が冷凍焼けを起こしてしまったことは仕方ないにしても、ゴム製品が加水分解でボロボロになったり、CDやDVDの記録面が腐食したり、プラスチックの強度が落ちたり色味が変わってしまったのを見つけたときはなかなかにつらい。主体がデータならバックアップを取り直すなり、物品でも大量生産品なら新品を買い直せば済むが、そうもいかないのが玩具やゲームなどの娯楽商品である。
玩具やゲームは、何年も安定して市場供給されるロングセラー商品の方が珍しい。大抵はそのとき限りの売り切りだ。商品におけるライフサイクルを考えると、食品や洗剤などの消費物を除き、最も早いスピードで世代交代が繰り返されているだろう。復刻品やリメイクが出たとしても、やはり当時品にしかない要素や価値があるものだし、見出してしまう。いかに美品・完動品を末永く残しておくかは、コレクターにとって永遠の課題となっている。
プラの黄変を戻すRetr0bright
経年劣化で起きる事象の中でも、プラスチックの黄変については完全とは言わないまでも幾分か回復させる方法が確立されている。Retr0bright:レトロブライトと呼ばれるそれは、黄変から回復させたいプラを過酸化水素水に浸し、紫外線を浴びせ続けることで還元反応を起こして黄変から元の色に戻す手法だ。元はゲーム機やレトロPC界隈で使用されていたが、玩具にも応用されるようになった。これは概要であり、細かな説明をここでするには長文になるため、詳しい内容・実施における注意点等についてはWikipediaや他のサイトを参照してほしい。
再黄変問題
ところが、レトロブライト後に丁寧に保管していても再度黄変が進む事象が多数報告されている。押し入れなどの紫外線の届きにくい暗所に保管したり、箱詰め梱包をしていてもだ。それも10数年経過して起きた一度目の黄変よりも、はるかに早く再黄変が進むようだ。戻ると言ったほうが良いのかもしれない。
再黄変にまつわるナレッジを探してみたが、参考になりそうな体系立ったものはなく、個人の備忘録やフォーラムのコメント程度しか見つからなかった。再黄変対策については「表面をコーティングして酸素供給を遮断すれば大丈夫」とあったり「プラに含まれる臭化物が原因でありコーティングは無駄」とあったりと見解は様々だが、私が調べた範疇ではこれといった決定版の回避策はとうとう発見できずじまいだ。それどころか再黄変の事象そのものすら触れられていなかったり、条件が不明瞭なつぶやき程度しか見当たらない。検索エンジンでシュシュっと調べただけなので見落としがあるかもしれないが、やはり無さそうなので無いとみなした。知ってたら誰か教えてほしい。みんな知りたいと思う。
再黄変する条件を絞る試み
再黄変が起きてしまっている物品は私の手元にもある。だが経過日数や色味のビフォーアフターは記録していない。完全に元に戻ったのかどうかすらわからない。いずれ元に戻るのであれば、レトロブライトは役に立たないと結論付けるのも無理はなく、実際そう考えている人もいる。それなりに手間をかけて一度取り戻したはずの鮮やかさがまた元に戻ると失望も大きいだろう。それでも、どうにかして再黄変させないための方法は無いのだろうか?一発で回答が得られないにしても、わずかな手がかりから探していくことにはきっと意義があるはずだ。その一歩目を踏むために私が前々から構想していた実験を試みること、それが本記事の主題である。なお、この実験は長期間にわたるため、今回は前提条件を記載した準備編となる。結果が出るのは大分先となるため、リアル「クイズ正解は一年後」だ。
どうにかしてプラスチックのシンデレラにかけられた一時的な魔法を、時限を超えて持ち越そうではないか。
実験の内容
実験要旨
レトロブライト処置後、保管条件をいくつかのパターンに分け、再黄変の経過観察にて、何が再黄変の条件となっているか・軽減出来るのかを絞り込むのが目的になる。実験材料の条件は以下に記す。
①すでに1回目の黄変が起きていること。
②レトロブライトで黄変が回復する材質であること。
③元の黄変状況や材質を揃えるため、同玩具・同一個体であること。
この条件だと実験材料はかなり限られる。レトロブライトが必要なぐらい黄変しているものを、ピンポイントでわざわざ用意することは難しい。黄変自体が自然のヴィンテージものだからだ。なので、今回の実験の構想自体は前から頭の中にあったものの、どのようにやるかは考えあぐねていた。
結果的に、黄変が進んだ1パーツを選び、さらに小片に切断して条件別に保管するという案に落ち着いた。
実験材料
今回、実験材料として選んだパーツは以下になる。
旧タカラ(現タカラトミー)より1998年に発売されたスーパービーダマン「ブラストグリフォン」のレフトレオンの後頭部パーツだ。とは言うがこのパーツはライトイーグルとも共通である。ビーダマンは後頭部から給弾する機能があり、フタとしての役割を果たすこのパーツは、使用時に取り外されることが多い。中古流通では紛失されていることも多々ある。
ブラストグリフォンはビーダマンの中でも比較的中古流通数が多く、フリマサイトのまとめ売りでも常連入りしている。現に、私は部分的なパーツ欠品も含め7,8体程度所有しているが、どれも状態が悪かったのでシールを剥がして洗って保管していた。
黄変は光の当たり方や撮影したカメラによっては、真っ黄色にも映る。黄変というのだからある意味当然でもある。一枚目および二枚目はプラモデルの撮影などに使う自前の白色灯のスペースでデジカメの接写機能をONにした状態で撮影しているが、三枚目は室内灯の下でスマホのカメラ機能を使って撮影したものだ。
肉眼で見た場合は茶色になっているので、感覚としての色味は一枚目と二枚目の方が正確だ。
今回はこのフタを16の小片に分割してみる。
この小ささのプラスチックを、さらに小さく切るにはなかなか骨が折れる。今回はホットカッター(はんだごてとカッターを合体させたような工具)を利用した。切断時のみとはいえ、プラスチックに熱が加わるのは影響としてアリなのかが頭の片隅に浮かんだが、レトロブライト前なので気にしないことにした。
それなりにうまく切れているが、熱で溶かしながら切るため切断面がとろけてバリのようなものが発生してしまう。観察に不便なため、普通のカッターでこれも削り取った。
実験材料のレトロブライト処理手順
今回の必要分だけ処理した。
チャック袋を使うと、水槽状の器に注ぐよりも過酸化水素水の量を節約できる。また、水槽状の器を使う場合は、プラスチックが過酸化水素水の上に浮いてしまい表面が露出してしまうため、浮上対策の重しが必要になるが、チャック袋の場合は不要になる。その代わり、ふとした拍子にチャック袋がひっくり返って中身がこぼれないように注意しなければならない。
また、この状態で紫外線照射を受けると熱で蒸発して周辺に過酸化水素水が漂ってしまうので、蒸発を軽減するためにチャック袋にさらにジップロックで包んで2重構造にし、蒸発分をなるべく閉じ込めるようにしている。
今回はブラックライトを用いて紫外線を照射する。太陽光と異なり安定した光量を24時間照射し続けられる。6面アルミホイルの箱の空間内で紫外線が反射するため、理屈ではレトロブライト対象物の底面以外は紫外線を浴びることができる。
今回は1週間ほど照射し続けた。処置後の対象物はこのようになる。
一部UVコーティング処理も実施し、改めて並べてみる。
未処理分と比べると、レトロブライトの効果が確認できる。今回はほぼ元の色にまで回復していた。
※3段目左から2番目の緑の部分はUVコーティング時のミスで、使いまわしのペインティングクリップに残った塗料から色移りが発生したもので、今回は関係ないので無視する
実験材料の保管条件
各小片に対する保管条件は下記の通りとする。
一般家庭で出来る条件としては上記になるだろう。湿度は管理出来ないので諦めた。
黄変した表面を研磨して取り除いた小片もパターンNとして用意した。削っただけでレトロブライト処理をしていない。こちらも経過観察をする。保管条件は密封、not暗所、UVコーティング無し、暖環境だ。
おわりに
さて、結果がどのようになるかがわからないが、条件関係なくすべてが再黄変する可能性ももちろんあるだろう。そうなればいよいよ抵抗の手段がなくなってくるのだが、個人的にはUVコーティングか冷所保管については少しは効果が出ないか期待している。研磨については再黄変は起きないと考えているものの、研磨しか対抗策がないのもなかなか厳しい。どうにかレトロブライト処理済のもので耐えきる条件が出てきてほしい。
もし、「こういう処置を増やすのはどうか」「このような条件下で保管できないか」などご意見あれば教えてほしい。出来そうであれば試したいと思う。
それでは次の経過をお楽しみに。